星状神経節ブロックについて

ペインクリニック外来で最も頻繁に用いられ、強力な治療効果を持つ交感神経ブロックでありながら「世間相場が今一つ高くない」のが星状神経節ブロックです。何故でしょう。

星状神経節ブロックを合併症なく確実な効果を得て施術できる施設が少ないことが理由と考えています。

実際に患者様から聞いた話ですが、「前から針を刺すと怖いだろうから後ろ(背側頸部)からやりますね。」と話す先生さえいるようです。頸部交感神経幹は頸椎の腹側に在るため背側から行うことはできません。

これは酷い例としても交感神経抑制症状の認められない施術例が多く「怖いばかりで効かないブロック」と思われてしまうのかもしれません。残念です。

外来で訊かれることが多いこと、知っておいて欲しいことをQ&Aで書いてみます。

Q:神経ブロックとは?

A:神経は電気の流れにより情報を伝えています。局所麻酔薬により神経細胞の興奮を抑えることで、電気の流れ(即ち情報伝達)を止めることを神経ブロックと呼びます。
 局所麻酔薬の代わりに高濃度局所麻酔薬、あるいはアルコールや熱(高周波熱凝固)により神経細胞の変性を生じさせて、より長期間にわたり神経細胞の電気活動を抑えることも可能です。この手技は「永久ブロックpermanent block 」と呼んで区別しています。

Q:交感神経とは?

A:交感神経は副交感神経とともに自律神経系を担う末梢神経です。自分の意思で管理できない人体の不随意器官(平滑筋,心筋,外分泌腺など)の運動と分泌を支配するのが自律神経系です。交感神経と副交感神経は、互いに拮抗することでバランスを保ち、その状況に最適となるように臓器活動を支えます。忙しく仕事をしている時、興奮している時は、自律神経系の交感神経が強く作用します。走った時に体温を下げるため、汗がでるのは交感神経の作用です。
星状神経節ブロックは代表的な交感神経ブロックの一つです。

Q:星状神経節ブロックはどこを刺しているの?

A:星状神経節ブロックは交感神経幹を刺しているわけではありません。
神経ブロックには神経を直接狙う神経穿刺ブロック(神経根ブロックが代表例)と神経が走行する領域に薬剤を流し込むコンパートメントブロックがあります。そして星状神経節ブロックはコンパートメントブロックです。
具体的には第6頸椎前結節内側の横突起腹側もしくは第7頸椎の横突起腹側を穿刺しています。
また星状神経節ブロックと呼ばれていますが、星状神経節は鎖骨の裏あたりにあるので、実際に局所麻酔薬でブロックをしているのは中頸神経節及びその近傍の交感神経幹となります。

Q:星状神経節ブロックは痛くないの?

A:皮膚を刺す以上、穿刺痛はありますが、細い針で行うため強い痛みではありません。 また、神経を直接穿刺するブロックではないので電気の走るような痛みもありません。 薬剤注入中、肩や背中に響くような感じの生じることがあり、患者様によっては「背中に薬が流れた」とお話し頂くこともありますが、全く心配はありません。

Q:星状神経節ブロックを受ける時に注意することは?

A:口の中は空っぽにしておきます。飴やガムは口から出しておきましょう。
原則として枕はしません。但し頸椎症等のために、枕なしでは痛みがでる場合、もちろん枕をして頂きます。
施術中、無理に頸部後屈をする必要はありません。頸を左右にそらさず、少し開口気味にリラックスして頂ければ十分です。
施術後、滅菌したガーゼ球で穿刺部を3分間圧迫します。「血液がサラサラになる」薬を内服中の患者様では5分間圧迫します。触知可能な血管は避けていますが毛細血管は穿刺しているので圧迫止血をする必要があります。

Q:星状神経節ブロックの効果は?

A:星状神経節ブロックを行った側で縮瞳、眼瞼下垂、結膜充血が生じます。
眼の幅が狭くなり白眼が赤みを帯び、頬がポーと温かくなります。これをホルネル徴候といいます。
ホルネル徴候は頭部における交感神経抑制症状です。上肢、上胸部での交感神経抑制を担保するものではありません。従って頸椎症や上胸部帯状疱疹後神経痛ではホルネル徴候を認めても鎮痛効果の得られないことがあります。
52歳 男性の患者様は頸椎症性神経根症による上肢痛を主訴に転居後、当院を受診されました。転居前は他のペインクリニックで頸部硬膜外ブロックを受けてこられました。硬膜外ブロックの鎮痛効果は1日程しか持たなかったそうですが、星状神経節ブロックを受けても痛みが緩和しないので硬膜外ブロックを受けていたそうです。
当院で神経根ブロックを受けて頂き、殆ど無痛の状態が2週間程得られ大変喜んで頂きました。その後、星状神経節ブロックを提案したところ、「あれは効かない」といわれました。試しにお願いしたところ 「あれ、楽になった。以前のところでも眼が狭くなったけど手は楽にならなかった。」とのお話を頂くことができました。
ホルネル徴候は星状神経節ブロックの『頭部での交感神経抑制を担保しているだけ』なのです。

Q:星状神経節ブロックの適応疾患は?

A:施術する医師により適応疾患はかなり異なります。
故田中角栄氏の顔面神経麻痺の治療を担当し、星状神経節ブロックを世に広めた若杉文吉先生は「星状神経節ブロック療法により、視床下部を正常化し、自律神経バランスを整えて治癒に至る」と考えられ、本態性高血圧症や腰部脊柱管狭窄症まで適応疾患としています。
私の経験でも、頸椎症や帯状疱疹後神経痛で星状神経節ブロックを施術させて頂いている女性から「生理痛が軽くなった」「生理不順が治った」、高齢の患者様から「風邪をひかなくなった」「身体の調子がよくなった」と言われることは少なくありません。 若杉先生の言われるように星状神経節ブロックには免疫、内分泌を介した生体の恒常性維持調節機能があるのだと思います。

当院は、保険医療機関です。混合診療の許されていない医科診療では医学的な理由だけでなく保険適応となるか否かが適応疾患の目安となります。
頭部、頸部、上肢、上胸部の疾患で 1 交感神経を抑えることで痛みが緩和する疾患(交感神経依存性疼痛)、2 血流改善により治療効果の得られる疾患を対象として星状神経節ブロックを行っております。
具体的には頸椎疾患、頸肩腕症候群、胸郭出口症候群、手術後交感神経依存性疼痛、CRPS(以前RSDと呼ばれていた疾患+α)、突発性難聴、顔面神経麻痺、帯状疱疹後神経痛 等が当院で星状神経節ブロックの適応疾患としているものです。当然、保険適応となります。

Q:星状神経節ブロックの合併症は?

A:主な合併症として以下のものが教科書に記載されています。

  1. 声がかすれる(反回神経麻痺):局所麻酔薬が反回神経に及んだ時に生じます。時間が経てば必ず、治ります。
  2. 皮下出血:穿刺後の圧迫止血で防ぐことができます。
  3. 穿刺側の手が重くなる(腕神経叢ブロック):前斜角筋と中斜角筋の間に局所麻酔薬が拡がった場合に生じ易いと言われます。時間が経てば必ず、治ります。
  4. 穿刺側の耳の尾側周辺が鈍くなる(頸神経叢ブロック):局所麻酔薬が頸神経叢から出る皮枝に及んだ時に生じます。時間が経てば必ず、治ります。
  5. 痙攣、意識消失(血管内注入):局所麻酔薬が動脈内に投与されると生じます。僅かな量であれば痙攣が生じることはありません。当院では施術中に血液の逆流がないことを確認しています。ご安心ください。
  6. 上記以外に迷走神経ブロック、くも膜下ブロック、硬膜外ブロック、頸部・縦隔血腫、食道穿刺等が報告されています。稀なもので私は経験したことがありません。

当院では星状神経節ブロックだけでなく全てのブロック施術において、重篤な合併症、感染事故は開院以来一度もありません。当然、医療訴訟も抱えておりません。それでも毎日用心し、定期的に職員を交え緊急時対応ができるようにしています。慢心と根拠のない自信は皆を不幸にします。

3%キシロカイン1.5ml + 造影剤3.0ml で星状神経節ブロックを行った時のX線側面像です。椎前葉の背側で薬液が頭尾側に拡がっています。

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